骨董品と共に古き良き時代へ
建物の前へと進み引き戸の向こうを覗くと、60年代のBMWのバイクが見えた。戸を開ける。レコードからはクラシック音楽のメロディーが流れている。テラゾータイルの床にそっと足を踏み入れた。濃厚なコーヒーの香りが鼻腔を蕩かし、一気に安らかな気持ちになる。1階の中央には重厚なヒノキの長テーブルがあった。本やレトロな品々が置かれ、シンプルながら落ち着ける空間を彩っている。
腰を下ろすと、オーナーの1人、Willieさんがヴィンテージのエスプレッソマシン・ファエマE61で淹れたコーヒーでもてなしてくれた。芳醇な香りが漂う。ゆっくりと周囲を見渡せば、店内は世界各地から集められたアンティークであふれていた。1960年代の古いレコードやドイツ・シーメンス社製のラジオ、カウンター上にはオリベッティ社の年代物のタイプライターに、天井からはUFO型のライト……。懐かしい気持ちにさせてくれるものばかりだ。いにしえの時を経てきた空間に、大切に飾られたアンティークたち。オーナーの古物に対する想いを感じた。
古き建物の中に広がるスタイリッシュな空間
磨かれたテラゾータイルの階段を手摺りづたいに上る。そこには、長い間見られなかった古い洋館の中庭が。 隣人と言葉を交わしたり、輝く太陽の下、笑い合ったりする大家族の姿が真四角のそこに浮かび上がった。けれど、驚きはそれだけではない。各部屋の扉を開けるたび、天井の高いモダンな空間に圧倒される。
客室「三楼前」のドアを開けると、広々とした室内にシンプルなアンティークの家具があった。大きな窓から吹き抜ける風にカーテンが揺れると、心が軽やかに踊り出す。そしてつま先であらゆる場所を探ってみた。体は自然とノルウェー製の年代物の椅子へと向かう。そこに身を沈めたら、カタカタを回るレコードの音に耳を傾け目を閉じた。古い邸宅に流れるいにしえの時が巻き戻された瞬間だ。
客室「三楼後」のドアを開けた。窓の外の喧騒はなく、昔の記憶を掻き集めて引きこもるのには最適だ。最高のお供は温かなオレンジ色のライト。優しく静かに部屋を照らしている。大きなベッドと浴槽を独り占めだ。それから、シンプルな木のクローゼットと英国製のオール・イン・ワンのレコードプレーヤーも。メロウな音楽が流れる。デスク前の古いインドネシア製のスチールチェアに座って、手紙をしたためるのもいい。思い出の中に浮かぶのは誰の顔だろうか?
筋の通った初心を貫く
こぼれ落ちた朝の光で目を覚ました。光がいくつかの束を作りながら窓から漏れて、カーペットをつたいベッドまで這い上がってきたようだ。活気あふれる市場のにぎわい、行き交う人々の話し声……。ベッドから起き上がり、昔ながらの街の様子を体で感じる。
1階へ下りる。改めてここにある古物たちを見回した。もう1人のオーナーHarveyさんから聞いた、名刺に描かれたマークの由来を思い出す。木の年輪をイメージして描かれたという円は、さまざまな時代の軌跡を表しているという。それは古いものの根本的な大事さと、さまざまなことは元に戻せないというものごとの原理をも象徴している。
レコードの編集ができないのと同じで、オリジナルのモノラル録音を忠実に再現することは不可能だ。また、ハンドドリップコーヒーは、注ぐ湯や時間の絶対的な配分はできない。湯を注いだその時に味が決まるのだ。そして、打った文字のインクが印されれば、元の白い紙には戻せない。それがタイプライターだ。それらはどれも「その瞬間」に集約されている。ここに泊まって古い家と向き合って対話をするのも同じこと。それこそが「OrigiInn Space」の初心なのだ。