確かな温かさを感じた、初めての花束
パーティーで出逢った2人。この時はまだ、夢へのスタートを共にすることになると は考えてもいなかった。 芸術をたしなむ家庭で育った小龍さんは、子供の頃から園 芸に興味を抱き、小学生の時に押し花を習い始めた。押し花の本を出したこともあ るほどだ。その頃に芽生えた小さな情熱は、枯れることなく心の温室で育まれた。 自分の花屋と民宿、水族館を開くことを夢見て、高校と大学ではデザインを学び、 憧れのインテリアで部屋を飾り、大好きな草花との対話を楽しんでいた。
成功大学工業設計学部を卒業したアクアさんは、卒業後すぐ北部にある科学技術関 連企業でプロダクトデザインやソフトインターフェースの構築などに携わった。当 時、発展著しい産業の中で駆けずり回っていた彼は、物言わぬ機械と向き合う以外 を生命力あふれる植物との時間に当て、冷え切った仕事とのバランスを取っていた 。そんな中、徐々に多肉植物の栽培やドライフラワーにのめり込んでいった。
花が好きという共通点で意気投合した2人は、「華山1964文園創区」やほかの手作り 市に出店しては、人々との触れ合いを楽しんだ。初めて売った花は、小雨混じる曇 り空の手作り市だった。買い物を楽しむには、売る方にも買う方にも恵まれない空 模様。だがその時、香港からの旅行客がやってきて商品をじっくり選び始めた。最 初のお客さんだった。包装している間に言葉を交わしているときに、ふと気付く。 ごみごみした都会では、小さな花束の癒しを求めている人たちがいるのだと。こう して2人のドライフラワーは、徐々により多くの人の手に渡るようになり、人々の心 を癒していった。彼らもまた、心の中にあった未來への想いに気付くことができた のだ。

楽しく苦しむ、そして苦しく楽しむ
栽培、仕入、包装、販売……趣味だったドライフラワーが少しずつ事業として形に なっていき、2人は1年後、新たな人生の扉を開けることになる。アクアさんはデザ インへの情熱を失っていた。インターフェースしかり、ソースコードしかり、限界 を感じていたのだ。一方、小龍さんは、着実に夢への階段を上っていることに気付 く。そして3か月の準備期間を経て、2人は台北に「看見。緑工作室」を開いた。ア クアさんはすぐに会社を辞め、小龍さんも事業に全力投球。彼らは心のままに、美 しいドライフラワーで夢という花束を形作っていったのだ。
暮らしの中に美を見出すことができる2人は、ドライフラワーの世界から新たなイン スピレーションを多く得た。当時はまだあまり多くの人に認知されていなかったド ライフラワー。有名な専門家や指導者もいなかった。明け方の4~5時前に台北郊外 の内湖にある花市に向かい、日本の花の専門書を見ては研究に明け暮れ、Pinterest で気になる画像を探しては試行錯誤を繰り返した。花を買っては、思い切って練習 。経済的にも精神的にも、長期に渡るつらい時期ではあったが、あふれる情熱に支 えられた。そして努力が少しずつ実を結ぶようになり、業者とも関係ができあがっ ていった。ケンカもたまにするが、正反対の2人は信頼できるパートナー同士だ。果 敢に挑戦し、情熱的で夢を追い続ける小龍さんは、冷静に物事を分析するアクアさ んに助けられている。
「「楽しく苦しみ、苦しく楽しむ」アクアさんは目を細めながら、理想を追い求める ってそういうことでしょう?と話す。温かな責任を背負う夢追い人。それが最も厳 しい試練でも、理想にあふれる瞳は明るく輝いていた。

花束を売る男子、物語を語る時間
2015年、台北「看見。緑工作室」での2年間の経験を手に、2人はアクアさんの故郷 、台南へと移り、民宿と工房を融合させた「看見。緑俬旅」をオープンさせた。そ れはまた、更なる試練の始まりでもあった。完璧を目指して全てを自らの手で行な う彼らは、隣のカフェでドライフラワー作りのレッスンを終えたかと思えば、民宿 にすぐに戻ってはレンガを積み上げる。かつては手作り市に出店するためだけに来 ていた台南だったが、夢と共に戻ってきた今、地に足を付けて生活ができる場所に なったと感じている。美しいドライフラワーを見たり、草花の香りを楽しんだり、 ここをそんなゆとりが感じられる街にしたい。夢の実現には苦労も付きまとうが、 道すがら流した汗と涙は夢の花として乾燥させてしまえばいいのだ。
彼らが夢を追ってきた物語は、まるで少しずつ乾燥し、美しくなっていくドライフ ラワーのようだ――かつて命があったものに、また新たな命を吹き込む――彼らが 苦しくても続けられるのは、毎回のレッスンで得られる相互作用があるからだ。「 教えることで学ぶ側からも刺激を得られる」と2人は口をそろえる。この生命の温度 と時間で変化する花のあり方に、誰もが創造力を感じるのだ。「時々、生徒から自 分が気づいていなかったことに気づかされる。教えると同時に、自分も学んでいか なければ」花束とその技を売っているこの2人は、夢の途中にいても自らの時間と記 憶を胸にしっかりとしたためている。消えゆく命の中にある美しい風景を少しでも 多く拾い集めようと。
「S.A.Wは、Sun、Air、Waterの頭文字なんだ」2人は空中に指で文字を書きながら、 宿の英語名に隠された秘密を教えてくれた。命を育むためのこれらの要素は、まる で彼らが魔法のスティックを振ったかのように、後方に並べられた花束一つ一つへ と吹き込まれていく。時間の積み重ねは、1本の花を花束に、そして都会の中に佇む 緑の温室へと姿を変えていった。優雅で温かく、純粋で永遠の場所――2人のこの理 想郷は、あの日出逢った午後の陽射しやそれに照らされた花束のように、そして夢 に注がれた命を潤す水のようにあり続けるのだろう。
