帰郷、新旧の衝突と温かい理解
故郷へ戻る前、Tiffanyさんは台北で広告関係の仕事をしていた。台北が大好きだったし、都会での暮らしにも満足していた。「どうして実家に戻ったのか?う~ん、なんでだろ……なんか自然とそうなった感じかな」。少し考えてから、まるで自分の宝物を共有するかのように熱を帯びた声で、右手の扉の向こうが一番のお気に入りの場所だと教えてくれた。鏡には小さな頃から早く大人になりたかったという彼女の想いが映し出されている。懐かしの記憶は慣れ親しんだ空間に積み重なっていた――そうだ、家に帰ろう。帰郷という言葉が「郷(さと)」に「帰る」と書くように深い理由なんて必要ない。自然の成り行き、それこそが帰る理由だった。
「古びた宿に泊まりたがる人なんていなかったのよ!」ここ最近、ユニークな台湾の宿は増えており、老舗宿の経営はそうたやすくはない、とTiffanyさんは端的に言う。時代の変化を捉え、変わっていくことは必要なのだと。けれど変革には衝突がつきものだ。改革を試みる若い世代に対し、両親は明らかに動揺していた。2010年、Tiffanyさんは友人の協力を得て、1本の動画を制作する。宿のありのままの姿を記録したのだ。両親はカメラに向かってこれまでの道のりや当時「苗栗一幸せな宿」として選ばれたこと、歴史ある宿が伝承してきたおもてなしの心を再び旅人に伝えたいと思っていることなどを率直に語った。Tiffanyさんは言う。きちんとやることが、よい結果を出すことこそが、両親を安心させられる唯一の方法であり、彼らの信頼と支援を得られる手立てなのだと。
宿の経営を娘たちに託した羅パパと羅ママ。Tiffanyさんは祖父母が残した宿の外観そのままに、新たなエッセンスを加えた。三世代が協力し、真心こめて営んできた「新興大旅社」は、時が経って洗練され、より一層堂々と、そして温かく佇んでいる。
素朴で純粋、息づく客家情緒
「特別なものが何にもなくてね。今買ってきた碗粿(ライスプリン)なんだけど、おいしいから食べてみて!」羅ママはこんなことを言いながら、いくつもの手料理を運んできた。地元名物の客家碗粿やお手製の湯圓に山盛りの果物……気取らないもてなしの心と素朴な味わいにおなかがいっぱいになる。羅パパとのなれそめを聞くと、真面目な商売人と結婚したかったのだと羅ママは言う。「あの時代はね、とっても純粋だったのよ!」お見合いだったから、ご飯を食べに行って、歌を聞きに行って……手をつなぐだなんてとんでもない!気付けば羅ママの顔には満面の笑みが浮かんでいた。時折傍らのTiffanyさんに目をやっては、余計なことを言ったのではないかと心配そうにしているが、娘の方はといえば、いたずらっぽく母親の乙女心をからかう。親子のこんなフランクな掛け合いこそが、飾らない幸福な宿の情景なのだ。
この宿で一番好きな場所を聞くと、「どこも大好きよ!」と羅ママはためらいもせず答える。羅パパが熱を上げる草花の創作については、最初は何てへんてこなものを、と思ったそうだが、見ているうちに素敵だと感じるようになったと笑う。夫婦仲良く、宿のために一生懸命やってきた。確かな歩みの中でふたりの娘がこうして故郷へ戻った今、それこそが最大の幸福なのだろう。
60年前、苗栗を訪れた人が宿泊できないかとたびたび尋ねてきたそうだ。そのため祖父母はこの宿を始めた。その後、羅パパと羅ママの気配りのもてなしで成長してきた。そんな宿を受け継いだTiffanyさんとKellyさんはさらなるアイディアを追求し、幸せな宿の物語を紡いでいる。一代目から三代目へ――扉は365日休みなく開かれてきた。辛く苦しい時もあったけれど、「新興大旅社」の灯りは絶えず輝き、駆け抜けてきた時代を照らし続けている。純朴だけどへこたれない、客家人の心意気と共に。
幾年月も変わらず佇む客家の町の宿
今風のカフェでレトロな椅子に腰をかけ、この宿と一家が歩んできた道のりについて話しながら、ドリップポットをゆっくりと回し、1杯1杯心を込めてコーヒーを淹れてくれたKellyさん。羅パパとは軽く挨拶を交わしただけだったが、誠実で人懐っこいオーラが漂っていた。次から次へとキッチンから何やら持ってきては、「何にもないんだけど」と微笑む羅ママ。それからTiffanyさんはキラキラした表情で、家のことや暮らしのこと、さらには苗栗のこれまでやこれからの可能性を語ってくれた。
穏やかでのんびりとした苗栗は、客家文化が色濃い町だ。そんな町の駅近くに60年前から佇む宿がある。そこは当時祖父母が暮らしていた家でもあり、羅夫婦が二人の娘を育てた家でもあった。そしてそこは、あらゆる時代を旅人と共に過ごしてきた家でもあるのだ。月日が流れてもその宿はそこにあり続ける。苗栗の小さな客家の町の一画で、いつの時代も旅人の帰りを待ち続けているのだ。