台南で生まれ育った美術人
小さい頃から台南で育った心心さんは、この場所独特の色と歩調があり、それが人を惹きつけるのだと話す。卒業後も台南に残り、インターンに参加、そして仕事に就いた彼女は、児童向けの美術教室「心藝製作所」をオープンさせ、より台南に深い根を張った。旅人が愛する優雅な「心宅」も作り上げ、彼女自身が愛するゆったりとした生活を、より多くの人と共有している。幼い頃を思い返してみると、彼女には物心ついた時からすでに先生になりたいという夢があったのだと言う。小さい頃の家族の集まりでは、いつも同じ年頃の子ども達を集めて紙の人形を作ったり、おままごとをして遊んでいて、優しい性格だったけれど、みんな彼女の言う通りにしていたのだとか。絵を描くことは高校の頃に好きになった。デッサンから学び始め、描いている時は楽しさで、受験勉強のストレスを忘れていることに気付く。そこで、先生になる夢と愛する芸術を組み合わせようと思い付いた。大学の美術教育学部では水墨画を専攻し、彩度の低い絵筆を使って、風景や人のグラデーションをより立体的に描くことを学ぶ。彼女は笑いながら、女性と子どもを描くのが一番好きなのだと話す。それは美しく清らかで、彼女の描く軽いタッチの絵の中に隠れる夢への深さのように見えた。
芸術とともに生きていくという夢は十分に明るく、これまでに独特な「芸術考古学」に触れることもあった。小学校での実習を終えた数年後には、自分の視野を広げ、異なる芸術文化を吸収するために、心心さんはイギリスのロンドン大学へ行き、芸術考古学を専門に研究しようと決断する。昔から歴史と古典にも興味があった彼女。卒業後に帰国してからは、博物館のチームとともに1年間文化財の修復に携わった。その後、また小学校美術教師へと戻り、教育に力を注ぎたいとより願うようになる。
芸術を胸に、有意義なことに挑戦
イギリスでの留学期間、心心さんは現在の夫と手紙を介し、海を越えて連絡を取り始めた。偶然なことに、2人の実家は同じ路地の端と端。それなのにお互いを知らなかったのだ!心心さんが台湾に帰ってから、2人は結婚して家庭を築き、心心さんが美術教師の仕事を始めて3年目に、1人目の子どもを授かった。自由な時間を増やして子どもの側にいてあげたいという思いに、より設備が整った美術教育の環境を作りたいという願いが合わさり、様々なターニングポイントがきっかけで、児童向けの美術教室を併設する宿を開こうという思いにたどり着いた。そこでは、芸術教育に対する熱意を発揮するだけでなく、外部の芸術家や講師を招くことができる空間も作り、アーティストたちが多くの資源を利用できるようにした。
夫の支えもあり、2014年に心心さんは土地を探し始め、紆余曲折の末に、ようやく現在の「心宅」と「心藝製作所」が共存する台南の伝統建築を購入した。当時、すでに築50年を超えていたこの家に足を踏み入れた時のことを今もまだ覚えている。前庭には雑草が生い茂っていたけれど、太陽の光が降り注いだ瞬間、彼女の目には自分の中でイメージしていた庭が映り、古い家の中に入った時には、リフォームのインスピレーションがぱっと浮かんできた。しかし、物件を手に入れて事業を始めるには、いつだってリスクがつきものだ。家族を心配させないためにも、状況を知らせずに、心心さんは秘密裏にリフォームの大工事を開始した。あの頃は、「買い物行ってくるね!」と一言残し、毎日子どもを連れてこっそり古民家へ工事を見に行っていたのだと笑いながら話す。こうしてリフォームを続けること3年、一歩一歩積み重ねてきた夢がついに現実となった。まず「心藝製作所」をオープンさせ、宿の工事に取り掛かったのはその後だ。「心藝製作所」の名前の由来を聞くと、はじめは「Made in heart」という英語の名前だったけれど、Heartという言葉を紐解くと、その中にart(芸術)という言葉が隠れていることに気付いたのだと彼女は話す。そこには、心の中に「芸術」があるという意味が含まれている。こんな風に小さな機転をきかせたアイデアに、思わずクスッと笑いがこぼれてしまう。まさに心の中に芸術があるからこそ、教室や「心宅」のような美しい場所が作り出せたのだ。
古民家に宿る自由な意志、胸に秘めた愛ある覚悟
教室を開いた翌年、「心宅」もようやくスタートを切れる状態になった。中に入ると、芸術の軌跡や、丁寧に配置されたアンティーク家具があちこちに見られる。それらはすべて心心さんの努力の賜物だ。このインスピレーションはどこから来ているのかと尋ねると、「家には自由な意志が宿っているんです」と話す。彼女の柔らかな声には、無邪気さの中に、人を惹きつける覚悟のようなものがある。彼女は、これまでの過程を繋ぎ合わせていった時に、家が自由で思いがけない方向に発展していったことに気付いたのだと言う。例えば、色が混ざり合った赤レンガや、斜め天井の屋根といったイメージは、どれもこの家と時間を共にするようになってから思い付いたものなのだそう。
話をしていく中で、この素敵な家には、一緒に走り続けてきた旦那さんのアイデアも入っているのかと聞くと、心心さんは頭を横に振って笑いながら、「彼は大学で建築を学んでいたけど、美的センスは全然ないの!」と言う。それでも、建築を学んだ彼は、古民家をリフォームしたいという夢を持ち続けた。彼の言うリフォームは、外側から見た家のイメージといったものではなく、骨組みなどの作りのこと。だから、自ら古民家の骨組みの設計図を書き、木工を学んで、ペンキ塗りを手伝った。心心さんは笑いが収まってから、気持ちを込めてこう語る。「彼がすることはどれも水や空気のようなものなんです。目には見えないけれど、家に宿る命を確かなものにしている」。幻想的なイメージの周りを揺るぎない鉄の枠組みが囲う。それがあってこそ、この現代の優雅な童話は完成したのだった。
別れを告げる時、心心さんは手を振りながら私たちに向かって、お元気で、と声をかける。彼女の中にある穏やかなエネルギーは少しも尽きることがない。言葉の合間には、人を労る心遣いや励ましの一言があふれていた。目の前にいる白雪姫は、夢のガウンをまとっているだけではない。心の中にある芸術と美しさへの揺るぎない決意が、空想を現実のものとし、温かな心を美術教育へと注ぎ込んでいる。美しい邸宅に隠れ、心を絵筆に込めながら、一本の人生の鍵を描く。その鍵で、旅人は自分自身に出逢う心のドアを開いていく。