岐路、より早く目的地に辿り着くためだけに
当初「遷徙珈琲民宿」は、舒舒さんにとって決して人生の停泊所というわけではなかった。大学で景観デザインを専攻した彼女は、卒業後すぐに関連業種で働き始め、政府案件に追われる日々を過ごしていた。だが次第に、この繰り返される毎日に嫌気がさしてきた。変化のない暮らし…。心は大好きな旅行とコーヒーに傾いていった。そこで既に2~3年続けてきたこの業種から足を洗うことに決めた。故郷に戻り、得意分野を活かした唯一無二のカフェ&民宿「遷徙珈琲民宿」を自らの手で造ることに決めたのだ。
創業を通じ、彼女は自分の中に受け継ぐ熱いものを感じた。舒舒さんの父親は、18歳で兵役を終えてから見習いとして内装業に従事、以来一路奮闘してきた。そして母親は美容師としての夢を叶え、近所の女性たちの評判を集めた。彼女の姉もまた負けてはいない。ボーイフレンドと共に新竹で「小品drink」というドリンクスタンドを開店したばかりだった。このように自由に夢を追う家庭で育ったからこそ、進学時に限らず転居を決めた際にも、家族は誰一人反対せず、全力で彼女を支えた。それは彼女にとって強い後ろ盾となった。
舒舒さんは笑いながらいう。子供の頃から両親は自分と姉をいろいろなところへ連れて行ってくれた。休日には山でキャンプをして大自然を満喫した。すでに年老いてきている2人だが、今でもいろんろなところへ旅している。そんな彼らから旅を楽しむ術や暮らしの哲学を受け継いだ。大学の授業を通して、世界各地の美しさを目の当たりにしてきた。だから夢を追うと決めた時、「遷徙珈琲民宿」は心の中にあった万華鏡を実際に形にする場となった。彼女が学んできた全てとこれまで拾い集めてきた全てをここに集めて、キラキラと移ろいゆく時間を旅人と分かち合う為に。
夢、共に紡いだプラン
「これは父と私の共作した家具なんです!」「浴室のシャンプー類は、美容師の母のアドバイスでこれに」「この壁画は私とJoe以外にも、2人の友達が手伝ってくれたんですよ!」舒舒さんはあちこちを回って、感謝の気持ちを込めながら懐かしそうにこれまでのいきさつを話してくれた。その背後には多くの功労者――家族と友人たちがいる。ゼロから始まり、それぞれ専門知識を持つ両親と才ある多くの友達の協力によって「遷徙珈琲民宿」は生まれた。それは舒舒さんとその周りの人が共に織り上げた夢を捕まえるための網なのだ。暮らしの中にある全ての輪郭を掻き集める、彼女の心の中にある温かな想いを形にするための――。
「遷徙珈琲民宿」に足を踏み入れると、舒舒さんが大切に守ってきた八足床(中国古代のベッド)やミシン、 それにこの民宿のために特別に作られたという石風のシャンプーボトルや華麗なステンドグラスなどがあった。どこも隅々までちょっとした工夫が散りばめられていて、輝いていないものはない。この様子はまるで色彩豊かなパレットのように 、彼女が人生という旅の途中で積み上げてきた一瞬一瞬なのだろう。つまりここは過去ではなく現在、動き続けている進行形の時間そのものなのだ。瞬間瞬間の体験に焼入れをして色彩を与え、絢爛たる過去をさらに輝かしい一瞬へと変えることができるのだ。
前進、古き良き在りし日の姿を再生
家族と友人のほかに、恋人のJoeさんは舒舒さんの支えであり、「遷徙珈琲民宿」に欠かすことのできない存在だ。現在はここのシェフとして、一皿一皿に愛情を注入する。隣で愛くるしい笑顔を見せる舒舒さんは、Joeさんのよき試食係だ。いつも厨房で温かくサポートしている。Joeさんの得意料理であるチキンカレーは、一口ほおばれば濃厚な香りと絶妙な素材の組み合わせが楽しめる。長時間煮込まれて舌触り滑らか、心の中までおいしさのハーモニーが広がっていく。
ゆっくりと宙に漂う種のような舒舒さんの夢は、新竹・内湾でついに居場所を見つけたのだ。土を耕し種を埋め、根を生やし、そしてたくましい芽を吹いた。周囲の人々の愛を養分に、余すことなく果敢に勇気を注ぎ込んで――。「遷徙珈琲民宿」は始まりの1つでしかないと、彼女は企む。時間に取り残されたこの小さな集落を支援し、言葉と文化を復活させて失われた軌跡を取り戻す――故郷に夢を乗せ、新たな地へと飛び立てるように!