憧れてやまない墾丁の海
台湾南部・屏東にある大学の食品科を専攻していた阿幸さん。その頃に墾丁の海に惚れ込んだ。初めは墾丁で仕事を探したいと思っていたが、その思いは実らず、実家のある台中に戻って飲食業の仕事を始めた。それでも、墾丁の自由な暮らしへの憧れは日に日に強くなっていく。そして台中に戻って4年目。きっぱりと仕事をやめて、墾丁の民宿でアルバイトを始め、一歩ずつ理想の生活に向かって歩み始めた。
娘の小米ちゃんを授かってからは、より自由な時間を得るために、これまで民宿で働いた経験を活かして自分で民宿を立ち上げ、理想の暮らしを旅人たちと分かち合うようになった。朝5〜6時には、起き抜けにサーフィンへ。海から上がって、気温が上がる午後にはキリッと冷えたビールを一杯。仕事がひと段落するとたまに、玄関に「サーフィンに行ってます」と書いた看板を玄関に掛けてビーチへと走って向かう。太陽が傾き、ゆらゆら光る波がオレンジ色に染まる頃、名残惜しげに海から上がることもあった。
「墾丁へ行ったら、きっといつまでもそこにいたいと思うはず」両肘を木のテーブルの上に置き、さらりとした口調で話しながらも、目の奥には溢れ出す海への想いが見え隠れする。だが、台中に戻る日は突然訪れた。家を離れて10年以上が過ぎていた阿幸さんは、父が運動ニューロン病という体の筋肉が徐々に動かなくなっていく病気にかかったという知らせを受けた。だんだんと硬ばっていく体で、生活は自由がきかなくなっていく。父を一人にさせてはおけず、阿幸さんはすぐにサーフボードを抱え、娘の手を引いて、父のいる台中の実家へと再び帰ってきた。

血で繋がった愛を受け継ぎ、家の記憶を繋いでいく
「私が台中に帰った後、父がすぐに逝ってしまったのは、家を守ってくれる人ができて安心したからだ、と誰もが言うんです」淡々とした話ぶりと短い言葉の中には、阿幸さんの心の奥深くにある思いと、一人ですべてを背負ってきた強さが隠れている。30年以上続いた溶接業の古い看板を父親の死とともに下ろしてしまうのは忍びなく、彼女は小さい頃からの思い出の詰まったこの古い家を一人で受け継いだ。父親の店の名前である「明賢」をそのまま残し、小さい頃に過ごした暮らしの風景に溶け込ませるように、自分の好きなレトロ雑貨を加えていく。自分らしい暮らし方で、新たな家のあり方を模索し、リフォームを施した。
阿幸さんは、かつて家族とともに暮らしたこの家の中に、自身の懐かしさを一つ一つ残している。父親が溶接業を営んでいた跡や、家にあった花模様のレンガ、思い出の品などは、当時のままだ。阿幸さんが指差す先にある2階のスペースの一角には、ダイビング用の酸素ボンベを背負った金属のフィギュアが置かれている。「あれは父が作った物なんです。私がこんなに海好きなのは、彼の影響もあるのかもしれませんね」お父さんは時間ができるといつも山や海に出かけていく人で、小さい頃はいつも一緒にダイビングをしていたという。娘の小米ちゃんを授かってからも、彼女を連れてビーチに行って、日の光を浴びるのが好きだという阿幸さん。彼女の話を聞いていると、父娘のどちらにも自由を愛する心があるように感じられる。阿幸さんが過去について語る一字一句には、父親への愛と懐かしさが溢れている。お父さんは、阿幸さんが自由を追い求めることに反対したことは一度もなく、何があってもずっと彼女を支えてくれた。それが前に進む勇気になったのだという。だから彼が阿幸さんを最も必要とした時、彼女は迷うことなく父の元へと駆け付けたのだ。血の繋がりの中で最も強い思いを、阿幸さんは彼女なりの方法で残している。そして愛の文章を書き続けながら、これからもこの家のストーリーを繋げていく。

平凡で幸せな日々を大切に生きる
「父が好きだったのが爌肉飯(豚バラブロックの煮込みご飯)、豬血湯(豚の血のスープ)などの台中の人がよく食べる朝食だったので、ここでも台中で昔から馴染みのある朝食を作っているんです」阿幸さんは自分の得意なことを活かして昔の懐かしい朝食を作ろうと考え、オープンキッチンで仲間たちと丁寧に料理を作る日々を送っている。店のスタッフたちもみんな旅行好きで、お店では「信頼シェア制度」というシフト形態を採用しているのだと阿幸さんは笑う。誰かが旅行に行きたい時は、皆で順番にシフトを回し、順番に旅行に行けるようにするのだ。「この日彼女が日本に行くなら、私たちが代わりにシフトに入る。でも、今日は私がダイビングに行きたいから、みんなに代わってもらう、といった具合かな」話を聞いていると、相手への信頼以外に、生活に情熱を持ち続けることをお互いに大切にしていることが分かる。「明賢行」では、皆でこうした生活の形を守り、台中の温かい太陽の光を浴びながら、ゲストたちと生活を共有している。
「明日はどうなるか分からないから、一日一日を大切に生きなくちゃ」阿幸さんは真っ直ぐな眼差しでこう話す。自分は放浪の旅人だと笑う彼女は、時には子どものように純真に波を追い、また時にはどんな荒い波にも立ち向かう勇者のように、生活の中で起こる起伏を乗りこなしていく。「明賢行」ーーそこはあたたかい思い出を乗せ、血の繋がりのある関係を受け継ぐ場所。阿幸さんは今この瞬間を捉え、日常の中の一分一秒の温もりを繋ぎ止める。そしてこれまでの暮らしの中のストーリーと懐かしい気持ちを旅行カバンの中に詰め、これからの生きる糧にする。阿幸さんは、爽やかでおおらかな性格で変わらぬ日常を彩り、決して当たり前ではない一つ一つの幸せを大切に日々を生きている。
