古い制服店がレトロモダンなカフェに
レトロでロマンチックな音楽が流れ、心は1970年代へと引き戻される。ここは地元の人に親しまれた古い制服店で、工場も兼ねていた。デザインの経験があるオーナーのUpさんとMeさんは、中庭でつながれた細長い三進式の古民家の形を残すと共に、半世紀から100年前まで少しずつ遡り、モダンさと古風なデザインを融合させた。元々壁に使われていたレトロな緑と薄オレンジも、建物内の様々な場所に落とし込まれている。ここは2人が初めて開業した「向光旅行」に続く2軒目の宿で、カフェでもある。Upさんは、Belongという意味は長屋の「long」から着想を得たもので、制服店時代の店名「三龍牌」の「龍(中国語読み:ロン)」、神農街の「農(中国語読み:ノン)」にもかけているのだと話す。それらの読み方を合わせたものが、英語の「belong(属する)」だ。
日光が燦々と降り注ぎ、曇りガラスを抜けて、旅人がやって来る午後の時間をふわりと照らす。Belonginnの1階は夕方から深夜まで営業するカフェになっていて、バーカウンターの上にはクリエイティブなネオン文字が掛かる。古い陳列棚はそのままに、植物に彩られ、壁には芸能誌やドリップコーヒーバッグ、オリジナルデザインのトートバッグが並んでいる。中庭にあるキッチンを抜けた先にある2棟目の建物の1階も、同様のカフェ空間だ。落ち着いた色の壁と花柄の床でフランス風の大人っぽい優雅さを演出している。チェックインが済んだ後は、ペアのアフタヌーンティーチケットと引き換えに、自家製のアレンジ焼餅(焼きパン)が楽しめる。好きなドリンクを合わせ、日替わりデザートを2人でシェアしよう。日替わりデザートのうちの1つは、生クリームとドライフルーツを飾ったゴマのシフォンケーキで、雲のように軽く甘い口当たりだ。大人の手作りプリンやレモンタルトが用意されていることもあり、ハンドドリップコーヒーによく合う。夜になったら冷たいビールを頼んで、これから見る夢に酔いしれるのもいい。
100年の記憶を遡り、「昔」を貸し切る
Belonginnの4つの部屋にはそれぞれに暮らしの記憶が息づいていて、しっとりと温かい外見の奥には格別の驚きが待っている。どの部屋も広々としていて、ワンフロアもしくはメゾネットタイプの貸し切りだ。簡易キッチン付きで、ローカルな市場のはつらつとした雰囲気を体験することもできる。最も街に近い「Living」は生活の部屋。この日の午後の光は丁度きらきらと輝いていて、リビングの白いカーテンを通り、淡い黄色の光が暖かなオレンジ色のソファに影を落としていた。美しい光をなぞりながら3階の寝室へと向かう。カーテンはゆったりとした赤で、斜めの天井の重々しさと調和している。夕方、神農街に連なる赤レンガの屋根と夕暮れの色をベランダから眺める。ゆったりとした歩みで夜のバスタブに足を踏み入れ、開放的な静けさへと体を沈めていく。
次のページをめくると、「Piano」が甘い優しさを奏でる。ピンク色が淡いグレーに溶け込み、ダークグリーンとの美しいコントラストを作り出していた。恋人とベッドに横になり、窓格子の間から中庭のベランダと隣の家が重なり合う風景を楽しむ。奥のバスタブに響くのは、2人が交わす甘い言葉だけだ。木の階段を上れば、すぐそこに現れるのは「Attic」の秘密の屋根裏部屋。天井は斜めになっていて、下を見下ろすと、心地良い大きな白いベッドが目に入る。どっしりと置かれた椅子は夜の休憩場所。フローリングの上を歩くと、なんだか大家族が暮らしていた頃に戻ったようで、心が自由になっていく。
奥の中庭にある小さな花園を抜けると、植物が散りばめられており、足元の石がじゃりじゃりと音を立てる。まるで「Garden」が歩んできた長い長い時間の扉を開く合図のようだ。部屋の中にはライトが灯り、リビングのレザーのソファやスチール階段が独特な現代感を醸し出している。上の階には休憩スペースがあり、フローリングの床にカーペットが敷かれている。ドアや窓からは交錯する時間が見え隠れし、100年もの間に人々の手によって紡がれてきた彩りが、時と共に眠っている。
台南での暮らし、美味しい朝をふらりと歩き
7時になった頃だろうか。近所の人々や街が少しずつ動き出す音が耳に入ってくる。太陽の光もまだ気だるそうだ。9時頃、ゆっくりと顔を洗い、服を着替える。神農街をふらりと歩き、近くの市場にある老舗の朝食店を訪ねた。美味しい食事を味わい、言葉が口をついて出る。「おはよう、台南!」
美しい記憶はいつまでも心に残る。そして時の美しさは、いつだって味わい深く、日の光のようにしっとりと暖かい。あの日、Belonginnのベランダに座ったときに見た、青く透き通る空、少しずつ温かみを帯びていく屋根…。話し声や雑踏に妨げられることのないこの時こそが、最も美しい時間だ。自分だけの愛おしい時を拾い上げよう。